夏のお買い物
生まれて初めて、ストールを買ってみた。
大人になってから、初めてってことが極端に減った気がするけれど、それは単に新しいものに挑戦していなかったのかもしれない。
「いつの間に買ったの? いい色だね」
妻の優花はそう言って、ネイビーとベージュのストールを腕に広げた。
ぼくの洗濯物をしまってくれた時に、クローゼットで見つけたようだ。
「つい、最近だよ」
実はこのストール、もう何カ月も前に買ってあった。
でも、「明日は巻こう」と思っているうちに、季節はすっかり夏になってしまったのだ。
「めずらしいね。耕司君がこういうの買うのって。マフラーも持ってないのに」
夏のぼくのスタイルと言えば、決まってTシャツとデニムのパンツ。学生の頃からずっとこうで、これからも変えるつもりはなかったというか、服や身に付けるものにはほとんど興味なかった。でも、昨年の夏、ちょうど結婚する直前のデートで、優花がつぶやいたのが忘れられなかったんだ。
「ベルトとかストールとか、小物を利かせたオシャレができる人って、すてきだよね」
優花の視線の先には、カフェのオープン席で楽しそうに笑うカップルがいて、そこだけ映画の中のような雰囲気だった。
ということで、あの二人のようにまではなれなくても、結婚した今年の夏こそは、いつもとちがう自分を演出できたら……と、取り急ぎストールを選んでみたのだ。特に夏は、冬よりもコーディネートが単調になりやすい気がして。
けれど、いざストールを巻くような初夏になっても、似合ってなかったらどうしようとか、やっぱり慣れないことはやめたほうがいいかとか、様々なことが頭をよぎって使わずじまいになっていた。
「どんな服に合うと思う?」
このままだと、せっかく気に入って手に入れたのに、たんすの……クローゼットの肥やしになってしまいそうだ。ほんとはサラッと使いこなして、優花をあっと言わせたかったけれど、もうあきらめることにした。
「どんなのでも合うとは思うけど……そうだ、このストールに合う服、今度の休みに買いに行こうよ」
「えっ、ストールが主役なの?」
「たまにはそういうオシャレもいいでしょ」
こうしてぼく達は、週末にショッピングモールへ服を見に行った。いろいろ迷ったあげく、ストールを引き立たせるためにオフホワイトのシャツに決まった。パンツも、これまで買ったことのないカーキ色のものにした。
「いい買い物したね」
帰り道、自分のものは何一つ買っていないのに、優花は満面の笑みで冷たいコーヒーを飲みほした。家を出たのは昼前だったのに、いつの間にか日が沈みかけている。
「海風、けっこう強いね。さっき一気飲みしちゃったし、なんか冷えちゃった」
かばんからストールを取り出し、優花の首に巻いてあげる。
「耕司君、もしかしてこのストール、私にも似合うんじゃない?」
「……確かに」
次の休日、ぼく達が今度は優花の服を探しに行ったのは、言うまでもない。