VOL .42

夏のお買い物

生まれて初めて、ストールを買ってみた。

 大人になってから、初めてってことが極端に減った気がするけれど、それは単に新しいものに挑戦していなかったのかもしれない。

「いつの間に買ったの? いい色だね」

 妻の優花はそう言って、ネイビーとベージュのストールを腕に広げた。

 ぼくの洗濯物をしまってくれた時に、クローゼットで見つけたようだ。

「つい、最近だよ」

 実はこのストール、もう何カ月も前に買ってあった。

 でも、「明日は巻こう」と思っているうちに、季節はすっかり夏になってしまったのだ。

「めずらしいね。耕司君がこういうの買うのって。マフラーも持ってないのに」

 夏のぼくのスタイルと言えば、決まってTシャツとデニムのパンツ。学生の頃からずっとこうで、これからも変えるつもりはなかったというか、服や身に付けるものにはほとんど興味なかった。でも、昨年の夏、ちょうど結婚する直前のデートで、優花がつぶやいたのが忘れられなかったんだ。

「ベルトとかストールとか、小物を利かせたオシャレができる人って、すてきだよね」

 優花の視線の先には、カフェのオープン席で楽しそうに笑うカップルがいて、そこだけ映画の中のような雰囲気だった。

 ということで、あの二人のようにまではなれなくても、結婚した今年の夏こそは、いつもとちがう自分を演出できたら……と、取り急ぎストールを選んでみたのだ。特に夏は、冬よりもコーディネートが単調になりやすい気がして。

 けれど、いざストールを巻くような初夏になっても、似合ってなかったらどうしようとか、やっぱり慣れないことはやめたほうがいいかとか、様々なことが頭をよぎって使わずじまいになっていた。

「どんな服に合うと思う?」

 このままだと、せっかく気に入って手に入れたのに、たんすの……クローゼットの肥やしになってしまいそうだ。ほんとはサラッと使いこなして、優花をあっと言わせたかったけれど、もうあきらめることにした。

「どんなのでも合うとは思うけど……そうだ、このストールに合う服、今度の休みに買いに行こうよ」

「えっ、ストールが主役なの?」

「たまにはそういうオシャレもいいでしょ」

 こうしてぼく達は、週末にショッピングモールへ服を見に行った。いろいろ迷ったあげく、ストールを引き立たせるためにオフホワイトのシャツに決まった。パンツも、これまで買ったことのないカーキ色のものにした。

「いい買い物したね」

 帰り道、自分のものは何一つ買っていないのに、優花は満面の笑みで冷たいコーヒーを飲みほした。家を出たのは昼前だったのに、いつの間にか日が沈みかけている。

「海風、けっこう強いね。さっき一気飲みしちゃったし、なんか冷えちゃった」

 かばんからストールを取り出し、優花の首に巻いてあげる。

「耕司君、もしかしてこのストール、私にも似合うんじゃない?」

「……確かに」

 次の休日、ぼく達が今度は優花の服を探しに行ったのは、言うまでもない。

「佩」とは

佩(ハク)とは、江本手袋が「喜び合える手袋づくり」を目指して取り組む手袋ブランドです。

職人を守り育て、地域の手袋づくり文化を未来へと受け継いでいくために、扱う素材、デザインの考え方、色展開、つくる量、手袋職人の社会的地位、そして地域との関係性など、これまでの手袋づくりの全てを見直しました。

江本手袋に勤める65歳の職人は、中学卒業からずっと手袋を作り続けています。

佩は、このような本物の職人たちの手仕事をお届けします。

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