幼なじみから
この春、私は大学生になった。地元の香川を離れ、大阪で一人暮らしをしている。実家にいた頃は洗濯機のボタンも押したことがなかった私だけど、数か月もするとだいぶ慣れてきた。今では毎朝お弁当を作れるほどになったんだ。
同じ学部に友達もできたし、アルバイト先のレストランでもそれなりにうまくやってると思う。つまり、私は思い描いてた大学生デビューができたってわけ。
「出身、どこだっけ?」
アルバイト先でまかないを食べていたら、先輩に聞かれた。
「香川です」
「香川と言えば、うどんだな。俺、いつかうどん巡りしたいんだよね」
「おいしいお店、紹介しますよ」
香川を離れてから、何度このやり取りを繰り返しただろう。その度に、誇らしい気持ちになりながらも、どこかモヤっとする。だって、香川ってうどんだけじゃないし。でもそんなこと、顔には出せなかった。
休みの日は、友達とおしゃれなカフェに行ったり、ホテルのランチに行くこともある。大学の課題は難しいけれど、それも今のところは問題なくこなせてる。私の毎日は、誰がどう見たって充実していた。
でも、なぜか夜になると、泣きたくなる時がある。何か特別な悲しいことや辛いことがあったわけでもないのに、変なの。
それからしばらく経ったある日、小包がうちに届いた。
開けてみると、そこにはミントグリーンの手袋が入っていた。
その時、スマホが鳴った。
「もう届いたかな?」
幼なじみの海香子だった。彼女はこの春から、手袋屋さんの手袋職人として働き始めたと聞いていたけど、まさかこんなにきれいなのを作れるようになるなんて。
「実はそれ、私が作ったんじゃなくてベテランの先輩が作ったの。でも、これを目指して頑張ってるんだよって、早苗に知ってほしくて」
見ると、手袋に一つ濃いシミが付いていた。それが自分の涙だってことに気付いたのは、しばらくしてからだった。
「早苗、レストランのキッチンでバイトしてるって言ってたでしょ? きっと冬には手が荒れるだろうし、寒くなったら使ってね」
海香子は私の「ありがとう」も聞かないで電話を切った。後から後から流れてくる涙で汚さないように、私は手袋を両手で包む。
私、寂しかったんだ。どんなに毎日楽しくても、生まれ育った場所を一人離れて、ちょっと疲れたのかもしれない。
泣くだけ泣いたら、このミントグリーンみたいに心がスッキリしたような気がする。今度、誰かと香川の話になったら、まずはやさしい幼なじみを自慢するのもいいかもしれない。