こっそりおそろい
「手袋、届いたよ。ありがとう」
パソコンのディスプレイに、ジョナスは満面の笑みで現れた。彼はオーストラリア人で故郷のシドニーに住んでいる。イタリア人の私とは、大学時代に日本で出会った。お互い留学生ということで、何かと協力することも多く、私達が恋人同士になるのに時間はかからなかった。
「やっと届いたんだ」
この春、数年ぶりに日本へ旅行した時、買って送ったのだ。
「この手袋、ものすごくフィットするね。僕の長い指にぴったりだよ」
何度もつないだあなたの手を、私が知らないはずないでしょ。わざわざ少し長めにオーダーしたんだからね。なんて言える関係ではもうない私達。
「それは、よかった」
ディスプレイの向こうで、彼が深緑色の手袋をはめた手が開いたり閉じたりするのを、じっと見つめる。ほんとは久しぶりに会う彼の顔を見ていたかったけれど、そんなこと画面越しでもできない。
「東かがわ市、いい所だったよ」
今、私のいるイタリアは真夜中だけど、シドニーはもう朝で、窓から差し込む白い光が彼を包んでいた。同じ地球にいるのに、9時間も時差があるせいか、私とは全く別世界にいるみたいだな、なんて思った。
「この手袋を買ってくれたところだよね。優花は元気だった?」
「元気だったよ。新婚さんだから、ものすごく幸せオーラ出てた」
「そうなんだ。東かがわ市では、何したの?」
「お花見したよ。日本の桜、やっぱり最高だった」
目をつぶると、撮った写真より鮮明に、満開の桜とその下を通り過ぎた風を思い出せる。ここにジョナスがいたらいいのにな、なんて考えたことも。
「グレイスは、元気にやってるの?」
彼の口から私の名前が出ると、やっぱり今もドキッとする。
「うん、なんとかやってるよ」
「翻訳の仕事、うまくいってるんだ」
「ジョナスはどう? 今も先生やってる?」
「うん。この前うちのクラスの子ども達が……」
楽しそうに勤務先の学校の話をする彼。いい友達に戻ったけれど、やっぱり好きだなぁと、つい思ってしまう。
「それでさ、日本の留学時代の話も子ども達によくするんだけど……」
彼の少し大袈裟なジェスチャーのせいで、手袋をはめた手が上に行ったり下に行ったり。私が贈ったものがちゃんとあっちの世界で動いている。
「この手袋、大事にするね。これから秋だから、重宝するよ」
オーストラリアは南半球だから、五月はこれから寒くなる季節に入る。ま、知ってたけどね。
「翻訳した新しい本ができたら、また送ってもいい?」
「もちろん。楽しみにしてる」
彼はそう言って、手を振った。私も手を振り返し、ノートパソコンをそっと閉じる。
膝の上には、彼とおそろいの深緑の手袋。これからこっちは夏だけど、しばらくこれを引き出しにしまうことはないだろう。