VOL .32

おしゃれの再開

誕生日が待ち遠しい日ではなくなって、どれくらい経つだろう。かつては祝ってくれた友達も、それぞれの暮らしに忙しく、連絡を取り合うことはほとんどなくなってしまった。

「お母さんって、おしゃれしないよね。いつも適当なのを適当に着てる」

 ある朝、高校生になったばかりの娘、真帆にそう言われ、ドキッとした。

「うるさいわね。そんな余裕ないのよ」

 とっさにこう言い返してみたものの、よく考えれば娘はもうじゅうぶん成長し、手がかかると言えば毎朝のお弁当くらいだった。

 学生時代、周りの友達には「センスがいい」だとか「おしゃれ」だとか言われていたのに、いつからこうなってしまったんだろう。今だってくたびれたスウェット姿だ。取り入れた洗濯物を眺めると、一番新しい服で3年前のものだった。そのジーンズも、ネイビーだったのに今ではすっかり青くなっている。

「おしゃれって、どうやってするんだっけ……」

 娘の肩が大きく開いたカットソーをつまんで、自分にあててみる。うーん、かわいいけど、好みじゃないな。

 店のマネキンの上から下までをセットでそろえたり、高級ブランドのアイテムを取り入れれば、それなりにまた着飾れることはわかってた。でも、今の私にはそんな気力がないのだ。「もう、いいか」とか「そんなことしても」とか、若い頃の自分を懐かしみながらもあきらめてしまっている。それに、「今さらおしゃれなんて」と気恥ずかしさもある。

 けれど、心のどこかが痛くて、冷たくてたまらない。

「そうだっ!」

 引き出しから、手袋屋さんのパンフレットを取り出す。先日、夫が息子の祥吾とツーリングで香川県に行った時にもらってきたものだ。祥吾の就職祝いに、ここでマフラーを買ったとか言ってたっけ。

 気が付くと、この店のオンラインショップを物色していた。ちゃんとレディースのストールもあるじゃない。いろんな色の組み合わせがかわいい。見ているとドキドキして、そんな自分が嬉しい。この感覚、本当に久しぶりだ。

 小物なら、おしゃれの再開にはぴったりかもしれない。祥吾は嫌がるだろうけど、あえてマフラーにして、帰省してきた時に苦笑いさせるのもありよね。色は……気分を高めるためにも明るいのがいいかな。このピンクとベージュのは顔映りもよさそう。よく考えたらうちにはマフラーは何枚もあるはずだけど、せっかく久々に新しいものが欲しいと思えたんだから、この気持ちは無駄にしたくない。

「お母さん、楽しそうだね」

 いつの間にか、真帆が学校から帰ってきていた。

「それ、かわいいね。お母さんの紺のコートと合うんじゃない?」

 真帆はそう言って私の隣に座った。近年は、こんなことほとんどなかったのに。

「買ったら私にも貸してね」

 ちゃっかりしてるなぁ。そう思いながらも、あんなに小さかった娘が身なりを気にする「お嬢さん」になったことに、心がじんわり温かくなった。

「佩」とは

佩(ハク)とは、江本手袋が「喜び合える手袋づくり」を目指して取り組む手袋ブランドです。

職人を守り育て、地域の手袋づくり文化を未来へと受け継いでいくために、扱う素材、デザインの考え方、色展開、つくる量、手袋職人の社会的地位、そして地域との関係性など、これまでの手袋づくりの全てを見直しました。

江本手袋に勤める65歳の職人は、中学卒業からずっと手袋を作り続けています。

佩は、このような本物の職人たちの手仕事をお届けします。

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