おしゃれの再開
誕生日が待ち遠しい日ではなくなって、どれくらい経つだろう。かつては祝ってくれた友達も、それぞれの暮らしに忙しく、連絡を取り合うことはほとんどなくなってしまった。
「お母さんって、おしゃれしないよね。いつも適当なのを適当に着てる」
ある朝、高校生になったばかりの娘、真帆にそう言われ、ドキッとした。
「うるさいわね。そんな余裕ないのよ」
とっさにこう言い返してみたものの、よく考えれば娘はもうじゅうぶん成長し、手がかかると言えば毎朝のお弁当くらいだった。
学生時代、周りの友達には「センスがいい」だとか「おしゃれ」だとか言われていたのに、いつからこうなってしまったんだろう。今だってくたびれたスウェット姿だ。取り入れた洗濯物を眺めると、一番新しい服で3年前のものだった。そのジーンズも、ネイビーだったのに今ではすっかり青くなっている。
「おしゃれって、どうやってするんだっけ……」
娘の肩が大きく開いたカットソーをつまんで、自分にあててみる。うーん、かわいいけど、好みじゃないな。
店のマネキンの上から下までをセットでそろえたり、高級ブランドのアイテムを取り入れれば、それなりにまた着飾れることはわかってた。でも、今の私にはそんな気力がないのだ。「もう、いいか」とか「そんなことしても」とか、若い頃の自分を懐かしみながらもあきらめてしまっている。それに、「今さらおしゃれなんて」と気恥ずかしさもある。
けれど、心のどこかが痛くて、冷たくてたまらない。
「そうだっ!」
引き出しから、手袋屋さんのパンフレットを取り出す。先日、夫が息子の祥吾とツーリングで香川県に行った時にもらってきたものだ。祥吾の就職祝いに、ここでマフラーを買ったとか言ってたっけ。
気が付くと、この店のオンラインショップを物色していた。ちゃんとレディースのストールもあるじゃない。いろんな色の組み合わせがかわいい。見ているとドキドキして、そんな自分が嬉しい。この感覚、本当に久しぶりだ。
小物なら、おしゃれの再開にはぴったりかもしれない。祥吾は嫌がるだろうけど、あえてマフラーにして、帰省してきた時に苦笑いさせるのもありよね。色は……気分を高めるためにも明るいのがいいかな。このピンクとベージュのは顔映りもよさそう。よく考えたらうちにはマフラーは何枚もあるはずだけど、せっかく久々に新しいものが欲しいと思えたんだから、この気持ちは無駄にしたくない。
「お母さん、楽しそうだね」
いつの間にか、真帆が学校から帰ってきていた。
「それ、かわいいね。お母さんの紺のコートと合うんじゃない?」
真帆はそう言って私の隣に座った。近年は、こんなことほとんどなかったのに。
「買ったら私にも貸してね」
ちゃっかりしてるなぁ。そう思いながらも、あんなに小さかった娘が身なりを気にする「お嬢さん」になったことに、心がじんわり温かくなった。