笑顔の一部
「津田海香子です。今日からよろしくお願いします」
何とか自己紹介できた。本当はもっと熱い気持ちを伝えるつもりだったの。でも、あこがれの手袋職人、藍子さんを目の前にするとこれだけしか言えなかった。緊張のあまりに、お腹もちょっと痛い。
「こちらこそ。何でも聞いてね」
藍子さんの言葉も短かったけれど、やさしい笑顔に心が緩む。
こうして私の手袋職人修行は始まった。
「私が入社したのは、海香子ちゃんよりももう少し若かったかな」
「そうなんですか?」
「中学を卒業してすぐだったからね」
藍子さんは、私の指導をしながらも時々自分のことも話してくれる。
「私はこれしか、縫うことしかできないのよ」
そう言って笑うけれど、始めてから数週間の私にでも、50年以上つづけることの大変さは少しはわかる。それに、「これしか」なんて、とんでもない。もし私がずっとつづけられたとしても、藍子さんの技術が身に付くかどうか……。
「私も先輩の職人さんに教えてもらってできるようになったのよ。ゆっくりでいいからね」
職場の雰囲気はいつも和やか。でも、私は焦るばかりだった。
リストマフラーは、基本的にはまっすぐにミシンをかけるだけの作業でできる。だから、手袋職人の登竜門的な商品だ。それでも藍子さんが縫ったのと私のとではどこか違うと思うのは、どうしてだろう。早く上手になりたいと、気持ちばかりが先走る。
「このローズピンクの手袋とスカイブルーのリストマフラーのコーディネイトも、なかなかいいよね」
休み時間、ぼんやりしていると、生地の裁断をしている幸一さんが話しかけてくれた。この道40年という男性で、もう一人のあこがれの先輩だ。
テーブルに置かれた手袋とリストマフラーの色の合わせ方は、確かにかわいいと思った。この2つは、どちらもお客さんがいっしょに注文してくれたもので、こちらから提案した組み合わせではない。
「お客さんも含めて、みんなで商品ができあがってる気がするね」
幸一さんの言葉に、ハッとした。私はこれまで、自分の上達のことしか考えていなかったかもしれない。幸一さんの裁断があって、藍子さんの技術があって、他にもたくさんの細かい工程を経てやっと出来上がるんだ。私が縫っているリストマフラーだってそう。お客さんの笑顔の一部になれるんだ。
「私、がんばります」
幸一さんは何も言わずに大きく一つ、うなずいてくれた。