ホワイトデーのプレゼント
私は、春が好き。寒さがやわらいだり戻ったりしてゆっくり春になっていくのを感じるのは、春の散歩の醍醐味だと思う。
「もうすぐホワイトデーだな」
ある休みの日の朝、お父さんがコーヒーをすすりながらつぶやいた。
「そうだね」
先月のバレンタインは、これまでで一番見栄えのするチョコレートをお父さんにあげた。親友の早苗が張り切っていたので、それに便乗させてもらったんだ。手作りのチョコは小さい頃も作ったけれど、今年はただ溶かしたチョコを型に流し込むんじゃなくて、中にキャラメルを入れたりトッピングに力を入れたりしてSNS映えするようなのを作った。
「海香子、今日は時間あるか?」
もしかして、お父さんは私が思っているよりも喜んでくれたのかもしれない。お母さんが「お父さん、こっそり何枚もチョコの写真撮ってたよ」と教えてくれたから、気に入ってくれたとは思ってたけど。
「うん、あるよ」
こうして私達は、出かけることになった。春のポカポカ陽気の中、どこへ行くのか聞きたかったけど、何かお返しを考えてくれていることは確かだったから、黙ってついていった。お父さんの隣を歩くのなんて、ほんとに久しぶりだった。
「手袋をオーダーしよう。もうじき手袋の季節は終わるけどずっと使えるしな」
こんなことをごにょごにょ言いながら、お父さんは江本手袋さんの店の戸を開けた。
ここは、私が来月から手袋職人見習いとして働く工房だ。
「一度、お客さんになってみるのも、いい手袋を作りたかったら大事なんじゃないか」
とか言って、私の職場になるところを見てみたかっただけじゃないの。と思ったけれど、口には出さないでおいた。お父さんの言う通り、働き始めたら何も知らない普通のお客さんになることは難しいもんね。
「いらっしゃい」
奥から社長さんが顔を出した。
「て、手袋をこの子に、オーダーメイドでお願いしたい」
お父さんは緊張しているのか、声がちょっと震えている。私は笑いたくなるのをグッと抑えて、いや、抑えきれずに思わず手で口を覆った。
「この色なんか、大人っぽくていいんじゃないか」
お父さんが勧めてくれたのは、ちょっと濃い紫色。ラベンダー色のリストマフラーは持ってるから、それにも合いそうだ。
それから、指の長さや手首回りの長さを話し合い、無事にオーダーメイド手袋はできあがった。指が細く見えて、やっぱりとてもきれいだ。早くこんな手袋を縫えるようになりたいな。
「お父さん、ありがとう。大事にするね」
嬉しくて、私は手袋をはいたまま店を出た。
「来月から、がんばって」
お父さんは照れ臭いのか、チラリともこっちを見なかった。私は笑いたくなるのをグッと抑えて、いや、抑えきれずに今度は手袋をした手で口元を覆った。