冒険者達
「こんなにあると、迷いますね」
友達へのマフラーを選んでいたら、隣にいた女性客から声をかけられた。
ここは江本手袋さん。東かがわ市の手袋屋だ。
「ですよね。でも、どれであっても、その手袋に合いますよ」
私の地元はこの辺じゃないけれど、この店にはもう常連と言っていいほど来ている。なので、だいたいのものは買いそろえ、今日は友達の誕生日プレゼントを買いに来た。彼女もこの店のファンなんだろう。手にはここの朱色の手袋があった。年は、私より少し若いかな。切れ長の目が美しい、凛とした雰囲気の人だ。
「手袋はネットショップで買ったんですが、どうしても手に取って選びたくて来たんです。確かに、同じブランドだからどれでもいい感じですね」
それから私達は、朱色の手袋に合うマフラーの色の組み合わせを、ずっと前からの友人かのように話しながら考えた。
「せっかくだから、普段身に付けないような色に挑戦するのもありかなって思うんです」
そう言って彼女は、青と赤のコンビマフラーを手に取った。
「そうそう、どこででも買えるものは無難な色を選びがちなんですよね」
「あ、私もです。だから、お気に入りのものはちょっと冒険してみたくなるというか」
「その冒険が、新しい出会いやご縁につなげてくれるんですよね。私、近年になってやっと、冒険者になることができたんですよ」
私の言葉に、彼女はポカンと口を開ける。変な表現だったかな。でも、選び抜いた新しいもので新しい自分を演出して、悪いことにつながったことは一度だってない。
「すてきな表現ですね。やっぱり、これにします」
彼女の笑顔に、こっちまで嬉しくなった。これで彼女も、冒険者の仲間入りだ。
「緑さん、楽しそうですね」
手袋職人の藍子さんが、奥の工房からひょっこり顔を出した。もう私の名前を覚えてくれたようだ。
「わかります?」
「わかりますよ」
それから私は、会計が終わった彼女に、手袋をオーダーメイドで作ってもらった話をした。よく考えたら、後の予定もあっただろうに、随分と引き留めてしまったような気がする。
「ママ、まだー?」
お店の戸が開き、入ってきたのは彼女とよく似た小さな女の子だった。
「ちーちゃん、ごめん。おしゃべりがつい楽しくて」
「えー、マフラーを選んでたんじゃないの?」
「ちゃんとマフラーも選んだよ」
こんなおだやかな冒険のスタートは、他にはきっとない。手を振る二人を見ながら、そう思った。