うどん屋さんの奥
香川県と言えば、うどん。ガイドブックを開けば、有名なうどん屋さんがたくさん並んでいるけれど、本当にどこもおいしいんだろうか?
どうしてもここぞという店に行きたかった。だって、私は自他共に認める小食なのだ。お腹にたまりやすい粉物を何件も食べ歩くなんてこと、できない。
「燃費がいいと言えばそうだけど、旅行先ではちょっともったいないよね」
高校からの友人の睦美はそう言っていたっけ。
40代に入って、友人達はみんなそれぞれの家庭があり、たとえ小旅行でも気軽に誘い辛くなった。けれど、それを私は前向きにとらえ、独身としてできる贅沢をすることにした。
それは、宿泊。日帰りでもできそうな距離の旅先で、優雅に一泊。そうすれば、食の細い私でも、帰るまでにはたくさん食べられる。
今日は東かがわ市の、あるうどん屋さんに来ている。セルフサービスのお店で、行きつけの手袋屋さんの手袋職人、幸一さんに教えてもらった店だ。
うどんのサイズは、もちろん「小」。トッピングに天ぷらを付けるか迷い、ぐっとこらえた。せっかく地元の人お墨付きのうどんを食べるのだ。後で胃にくることがわかっていては、完璧な思い出にならない。ま、痛くなったらなったで笑い話になるんだけどさ。それに、シンプルに食べる方が、初めての店だし、麺を味わえていいはずだ。
込み合った店内。席の最後の一つに滑り込め、ホッと一息ついた。
さて、麺に生醤油を直接かけた「しょうゆうどん」をいただこう。ツヤツヤした麺が、とてもきれいだ。
「あぁ、おいしい」
独り言なんて、外では言ったことなかったのに、思わず声が出た。
そして、気付いた時にはもう残り半分になっていた。
辺りを見渡すと、まだ満席だった。けれど、新しいお客さんが入って来た。早く食べてしまわなきゃ。そう思った時だった。
「奥にどうぞ!」
店の人がお客さんを促す。奥にもテーブルがあったんだ? そう一瞬思ったけれど、お客さんの進んだ先は、どう見たって……。
「えっ? 厨房?」
ある意味、特等席なんだろうけれど。
「お姉さん、ここ、初めてですか?」
隣の席の女の子が、そう言ってニコッと笑う。
「はい、初めてで……満席になったら、いつも奥に通してもらえるの?」
「そうですね。私も何回かありますよ。うどんのいい匂いがここよりして、おすすめです!」
これぞ、これぞ私が求めていたうどん屋の究極の楽しみ方なのでは。今回はもう奥へは行けないけど、次はチャンスがあるかもしれない。そんなことを考えていると、いつの間にか目の前のうどんはなくなっていた。中サイズでも食べられたかも。
「お姉さん、どこからですか?」
「大阪です」
「私、春から大阪の大学に行くんです!」
女の子のまぶしい笑顔に、私は目を細めた。
睦美にここのうどんを送ってみようかな。お土産話の手紙も添えて。