VOL .22

すてきな朝ご飯

「私、いつか日本に移住しようと思うんだ」

 イタリア人のグレイスは、パソコンの画面越しにそう言って目を輝かせた。

 朝の7時。今日も私達は、取り留めもない話をしていた。オンラインだと9700キロメートルもの距離も、全く気にならない。

「ほら、翻訳の仕事って、世界中どこでだってできるじゃない?」

 このくだり、友達になって何回聞いただろうか。

「でも、日本の梅雨はもうこりごりだって言ってなかったっけ?」

 大学時代、日本に留学に来ていたグレイスは、梅雨の間中ずっと雨雲みたいな顔色だった。私は日本生まれ、日本育ちだから、じめじめしない季節がないなんて想像もつかないな。

「でも、日本はお菓子がおいしいしね。バレンタインにチョコレートを贈るってのも、すてきな文化よね」

 グレイスが帰国して、もう随分と経つ。きっと、楽しかった事しか覚えていないんだろうなと思ったけれど、口に出すのはやめておいた。だって、もし日本に来てくれるなら嬉しいもの。こうやっていつだって話せるけど、画面越しだといっしょにスイーツの食べ歩きをしたりはできないからね。

「そう言えば、昨日、耕司君が会社の取引先からお菓子をもらってきたよ」

 耕司君ってのは、私の夫だ。さっき眠そうに起きてきて、今はシャワーを浴びている。

「どんなお菓子?」

「ほら、春から東かがわ市に転勤って話したでしょ。その街のお菓子で、白とら丸って言うんだって」

 おもむろにお菓子の箱を開けると、グレイスは見えっこないのに身を乗り出した。

「それ、ホワイトタイガー?」

 名前のとおり、一目でトラとわかる円いお菓子が顔を出す。

「虎丸山っていう山が東かがわ市にあって、元々『とら丸』ってパイの饅頭があるんだ。これはそれにホワイトチョコレートをかけて、ホワイトタイガーを表現したんだって」

 いつの間にかシャワーから出てきた耕司君が、私の代わりに答えた。どうしてホワイトタイガーかというと、東かがわ市の「しろとり動物園」の人気者なんだそう。

「耕司さん、東かがわ市は他にもお菓子、あるの?」

「まだぼくもよく知らないんだけど、ぶどう餅っていう蒸し饅頭もあるらしいよ」

「ぶどうって、果物の?」

「いや、武術の方だよ。賞味期限がほとんど当日みたいだから、今度こっちに来た時に食べてみてね」

 グレイスと耕司君が話し始めたので、私は席を立ってコーヒーを淹れにいった。

 実は、耕司君と出会えたのはグレイスのおかげなんだ。大好きな人達の会話って、入らなくても心がほっこりする。

「じゃ、白とら丸、いただきまーす!」

「優花、私にも一つちょうだい!」

 大きな口を開いて見せる私に、グレイスが画面越しに手を伸ばす。

 コーヒーの入ったマグからの湯気が、クスっと笑った私の鼻息に揺れた。

「佩」とは

佩(ハク)とは、江本手袋が「喜び合える手袋づくり」を目指して取り組む手袋ブランドです。

職人を守り育て、地域の手袋づくり文化を未来へと受け継いでいくために、扱う素材、デザインの考え方、色展開、つくる量、手袋職人の社会的地位、そして地域との関係性など、これまでの手袋づくりの全てを見直しました。

江本手袋に勤める65歳の職人は、中学卒業からずっと手袋を作り続けています。

佩は、このような本物の職人たちの手仕事をお届けします。

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