ありのまま
大学生最後のお正月。俺にとって、たぶん人生で一番優雅な年始だ。
卒論も大方できているし、就職先の内定ももらっている。授業ももうないようなものだし、バイトもシフトを減らしたので自由そのもの。
でも、自由って暇なんだよな。
ってことで、俺は今、ひたすら家でゴロゴロしている。
「お兄ちゃん、社会人になったらなかなか休みとれないでしょ。ダラダラしてていいの?」
リビングのソファで寝そべっていたら、妹の真帆があからさまに顔をしかめた。
「だから今のうちにゴロゴロしてるんだよ」
ほんとは彼女と遊びにいこうと思っていたけど、おばあちゃんがいるという東かがわ市に行ったきりなかなか帰ってこない。
「わかった。里沙ちゃんにふられたんでしょ?」
「ちがうわ」
「長く付き合ってるからって、いい関係であろうと努力しつづけなきゃ嫌われちゃうよ」
里沙は小さい頃から、たまにこんな大人びたことを口にする。もう中三なのに、まだサンタクロースを信じてるところは、ちょっとかわいいとは思うけど。
「俺と里沙は、お互い素でいられるからつづいてんの」
せっかくソファを占領していたのに、真帆はわずかな隙間に体を食い込ませた。
「ただのありのままと、向上心のあるありのままは全然ちがうよ」
まさか妹の口から「向上心」って言葉が出るとは思わなかった。いつの間にか、ソファの隅に追いやられている俺。
「向上心のあるありのまま、とか言われてもな」
「じゃあ、向上心のあるふりをしてるありのまま、ってのはどう?」
真帆はそう言って、俺の膝にどかりと両足を投げ出してごろんと横になった。これは真帆が赤ちゃんの頃からのくせで、俺にとっては日常だ。
「……向上心のあるふりって、どうすんの?」
「向上心を持てばいいんじゃない?」
「どうやって?」
「ほら、私で練習してみて」
ため息を落とした先の真帆の足首には、去年のクリスマスにサンタクロースからもらっという赤いレッグフォーマーがあった。
「関係を向上させるふり、なぁ……コンビニスイーツでも買いにいくか?」
「さすがお兄ちゃん!」
ぴょんとソファから飛び降りる真帆。そして、着替えてくると二階の自室に駆け上がっていった。
こうやっていつも、七つも年下の妹に振り回されている。でも、きっとこれが真帆にとっては俺への「向上心のあるありのまま」なんだろう。