日の出色手袋
私、大森千尋。4歳の女の子。
もうトイレだって一人で行けるし、おはしだってきれいに持てる。
「ちーちゃん、こぼさないように気を付けて」
今日は一年で最後の日だって言うのに、ママはいつもどおりこんなことを言う。
「後で自分で拭くもん」
年越しそばって、ズルズル音を立てて食べるもんだってパパが言うから私もやってみただけなのに。
「食べたらおもちゃを片付けて、歯みがきして、ベッドに入ってね。明日は朝早いんだから」
そんなに一度に言わなくたっていいじゃない。第一、初日の出ってのを見に行くのだって私は乗り気じゃないんだからね。すっごく早起きしてまでお日様を見ることの、何がおもしろいんだろう。
「明日、この上着を着ていってね」
私はまだ食べてるっていうのに、ママはモコモコのコートを出してきた。
「私、それあんまり好きじゃない。明日のコーディネートに合わないし」
確か、どこからかおさがりでもらってきた上着。
「明日はすっごく寒いのよ。それに上からこれを着ちゃえば、下に何着たって見えないわよ」
ママはほんとわかってない。一年の最初の日の服なんだから、もっとちゃんと考えなきゃ。
次の日、まだ空が真っ暗なうちに、私達家族は車に乗り込んだ。そして一時間ほど走って、山にやってきた。同じように日の出を見に来た人で、けっこう混んでいる。
「ママ、寒いよ」
「ほら、だからあの上着を着てきたらよかったんじゃない」
「こんなに寒かったら、何着ても寒いよ」
ママは「それもそうね」と苦笑いし、カイロを出してくれた。
だんだんと、辺りが明るくなってきた。
「ねぇ、初日の出、まだ?」
「まだねぇ」
こんなに明るいのに、まだお日様は顔を出さないの? 歌が始まる前のピアノの伴奏みたいだなぁ、なんて思った。
私はママに手袋も借りた。手袋をしていると、今日の全身白っぽいコーディネートが完璧になったような気がした。手袋は赤色だから、その手で胸元を押さえれば、私は今、日本に一番ふさわしい雰囲気だと思うの、国旗みたいで。
「ちーちゃん、初日の出、見えてきたよ」
パパはそう言って肩車してくれた。
まぶしいほどのお日様の光が、ゆっくりと私を照らす。
「舞台のライトみたい」
「スポットライト?」
と、パパが笑う。
「そう、それ!」
手袋をした手をかざして、びっくりした。初日の出を隠しても、同じ色が目に飛び込んできた。私、お日様をつけてたんだ。
「私、スターなの!」
「来てよかったでしょ?」
ママの言葉に、私は大きくうなずいた。