ピンクの手袋
昨年の冬、こんなことがあった。
「おばあちゃん、ちゃんと手袋したら?」
孫娘の口調はやさしい。けれど、その言葉は深く刺さった。
保育園のお迎えの帰り道のこと。キンと冷えた空気は痛いほどで、つないだ右手には手袋をつけていたというのに。
還暦を過ぎ、ふと人生を振り返ることが増えた。結婚し、パートをしながら2人の娘を育て、今はもう孫がいる。一言ではとても表せないような大変なこともあったけれど、それなりに乗り超えてこられたのだから、私の人生は順風満帆だったと言えるだろう。
そんな私にも、コンプレックスがある。手が小さいのだ。手と言うよりは、指が短い。なので、気に入った手袋を見つけても、たいていは指先があまってしまう。孫娘はそれを知らないから、中途半端に手袋をしていると思ったのかもしれない。
「おばあちゃんにちょうどいいのがないのよ」
「おばあちゃん、どんな色が好き? ちーちゃんは、ピンクが好き!」
いきなり話が変わるのは、幼い子にはよくあることだ。
「おばあちゃんも、ピンクが好きよ」
「じゃあ、なんでピンクの手袋、買わなかったの?」
ふと、足を止めた。つないでいない左手に目を落とすと、そこにはぶかぶかのグレーの手袋。本当だ。どうして好きな色を選ばなかったのか。いや、これを買う時は他に選択肢がなかったんだっけ。
「ピンクの手袋、おばあちゃんに似合うと思うなぁ」
似合う、なんて言葉、いつの間に覚えたんだろう。
「そうかな?」
「うん。おばあちゃんのお誕生日にプレゼントするから、待っててね」
ちーちゃんはそう言うと、鼻歌を歌いながら私を引っ張っていった。そして、しまいには一人でずんずんと歩き出し、私は追うのに必死で手袋のことはすぐに忘れてしまった。
2週間後の私の誕生日、それは届いた。きれいに包装された包みを開けると、私好みのシンプルな手袋が顔を出した。手首を温めるリストマフラーまで入っている。
手袋はどうせまた大きいんだろう。なんて思っていたのに、私の指の長さにぴったりだった。後日、オーダーメイドで職人さんに手作りしてもらったものだと聞く。初めてのフィット感に、心まで暖かくなったような気がした。
「手袋の色は、ちーちゃんが選んだのよ」
娘は電話口でそう言って、「ローズピンクはお母さんの好みじゃないかもしれないけど」などと苦笑いする。だからリストマフラーはスカイブルーにしたんだとか。
「実は、昔からピンクは好きなのよ。知らなかった?」
「そうだったの? 最近じゃ、娘より孫の方がお母さんのこと、よくわかってるかもね」
「そうね。私より私のこと、ちーちゃんの方がよく知ってるかもしれない」
こんな会話をしてから、もう一年経つなんて、時が経つのは何とも速いものだ。
今日もピンクの手袋をした手を、パッと開く。私のための、私の色の、私の手袋。
今年の冬も、孫の手以外だって、自信を持って握れそうだ。