VOL .13

ピンクの手袋

昨年の冬、こんなことがあった。

「おばあちゃん、ちゃんと手袋したら?」

 孫娘の口調はやさしい。けれど、その言葉は深く刺さった。

 保育園のお迎えの帰り道のこと。キンと冷えた空気は痛いほどで、つないだ右手には手袋をつけていたというのに。

 還暦を過ぎ、ふと人生を振り返ることが増えた。結婚し、パートをしながら2人の娘を育て、今はもう孫がいる。一言ではとても表せないような大変なこともあったけれど、それなりに乗り超えてこられたのだから、私の人生は順風満帆だったと言えるだろう。

 そんな私にも、コンプレックスがある。手が小さいのだ。手と言うよりは、指が短い。なので、気に入った手袋を見つけても、たいていは指先があまってしまう。孫娘はそれを知らないから、中途半端に手袋をしていると思ったのかもしれない。

「おばあちゃんにちょうどいいのがないのよ」

「おばあちゃん、どんな色が好き? ちーちゃんは、ピンクが好き!」

 いきなり話が変わるのは、幼い子にはよくあることだ。

「おばあちゃんも、ピンクが好きよ」

「じゃあ、なんでピンクの手袋、買わなかったの?」

 ふと、足を止めた。つないでいない左手に目を落とすと、そこにはぶかぶかのグレーの手袋。本当だ。どうして好きな色を選ばなかったのか。いや、これを買う時は他に選択肢がなかったんだっけ。

「ピンクの手袋、おばあちゃんに似合うと思うなぁ」

 似合う、なんて言葉、いつの間に覚えたんだろう。

「そうかな?」

「うん。おばあちゃんのお誕生日にプレゼントするから、待っててね」

 ちーちゃんはそう言うと、鼻歌を歌いながら私を引っ張っていった。そして、しまいには一人でずんずんと歩き出し、私は追うのに必死で手袋のことはすぐに忘れてしまった。

 2週間後の私の誕生日、それは届いた。きれいに包装された包みを開けると、私好みのシンプルな手袋が顔を出した。手首を温めるリストマフラーまで入っている。

 手袋はどうせまた大きいんだろう。なんて思っていたのに、私の指の長さにぴったりだった。後日、オーダーメイドで職人さんに手作りしてもらったものだと聞く。初めてのフィット感に、心まで暖かくなったような気がした。

「手袋の色は、ちーちゃんが選んだのよ」

 娘は電話口でそう言って、「ローズピンクはお母さんの好みじゃないかもしれないけど」などと苦笑いする。だからリストマフラーはスカイブルーにしたんだとか。

「実は、昔からピンクは好きなのよ。知らなかった?」

「そうだったの? 最近じゃ、娘より孫の方がお母さんのこと、よくわかってるかもね」

「そうね。私より私のこと、ちーちゃんの方がよく知ってるかもしれない」

こんな会話をしてから、もう一年経つなんて、時が経つのは何とも速いものだ。

 今日もピンクの手袋をした手を、パッと開く。私のための、私の色の、私の手袋。

今年の冬も、孫の手以外だって、自信を持って握れそうだ。

「佩」とは

佩(ハク)とは、江本手袋が「喜び合える手袋づくり」を目指して取り組む手袋ブランドです。

職人を守り育て、地域の手袋づくり文化を未来へと受け継いでいくために、扱う素材、デザインの考え方、色展開、つくる量、手袋職人の社会的地位、そして地域との関係性など、これまでの手袋づくりの全てを見直しました。

江本手袋に勤める65歳の職人は、中学卒業からずっと手袋を作り続けています。

佩は、このような本物の職人たちの手仕事をお届けします。

佩はこちら →

他のストーリーを読む

VOL .35

こっそりおそろい

VOL .46

帰省

VOL .24

冒険者達