婚約マウンテンバイク
プレゼントをもらうなら、使えるものがいい。なので、何がほしいか聞かれたら、私はこの信条をどんな時でも押し通す。というわけで、結婚が決まった時には婚約指輪じゃなくマウンテンバイクになった。ずっとほしいと思ってたのよね。
「結婚するのに、それに乗って一人でどこへ行くのよ……」
母はそう言って顔をしかめたけれど、
「いろんなところへ行って、まっさきにお土産話を聞かせてよ」
と、贈ってくれた夫は嫌な顔一つしなかった。一応、二台買う提案もしたんだよ。でも、夫は体を動かすより家でのんびりする方が好きだから、やんわり断られた。
これが、数か月前の話。
身内だけの小さな結婚式をして、新居ももうだいぶ片付いた。
マウンテンバイクはというと、通勤に使っている。
「それなら普通の自転車でもよかったんじゃないの」
と、遊びに来た姉が苦笑いした。
「普通の自転車だったら、婚約記念品にならないでしょ」
「まぁ、そうかもしれないけどさ」
じゃあ自転車にしなくても、という顔をしたけれど、姉は紅茶をぐいっと飲むことで抑えたようだった。
「優花ちゃんの自転車、ピンクだったらよかったのに」
4歳になった姪っ子のちーちゃんは、そう言いながらスケッチブックを抱えた。
「ピンクは売ってなかったのよ」
「そっかぁ。ざんねーん」
そして、クレヨンでピンクの自転車を紙いっぱいに描いていた。
その数日後、姉から小包が届いた。
「誕生日でもないのに、どうしたの?」
電話すると、結婚祝いをまだしてなかったから、だと言う。いやいや、結婚式でご祝儀もらったんだけど。
「自転車通勤、これからの季節は辛いでしょ」
姉からのプレゼントは、いつも実用的だ。今回は、ネックフォーマーだった。濃いグレーで、裏地は落ち着いたピンク。これは……かわいいけど、ちーちゃんのチョイスだな。
「それにしても、結婚祝いにネックフォーマーってさ……」
「婚約記念に自転車もらっといて、それ言うの?」
「まぁ、そうだけどさぁ」
夫と姉は似てるな、と思った。いつだって私がほしいもの、必要なものをくれるから。それが、どんな時であってもね。
「あっ!」
電話口で姉が声を上げる。
「どうしたの?」
「ネックフォーマー、ペアにすればよかったね。そうしたら、結婚祝いっぽかったのに」
二人して、クスっと笑う。プレゼントはあげるのももらうのも嬉しいことだけど、こうやって後で話すのが、一番楽しい気がする。