第一回お祝い会
秋晴れの美しい、ある日曜日の午後。私は幼なじみの早苗の家に遊びに来ている。中学までは毎日のように来ていたけれど、高校が別になってからは片手の指の数ほどになっていた。
今日は、早苗のお祝い会だ。県外の大学に、推薦で合格が決まったんだ。
「まさか、早苗が香川を離れるとは思わなかった」
久しぶりに会った早苗は、長かった髪をボブにしていた。知らない人とまでは思わないけれど、なぜだか距離を感じてしまい、胸の辺りが少し重くなる。
「私もそう思ったー」
早苗はこんなことを言って笑っている。決めたのは、自分なのにね。
通されたリビングのテーブルには、たくさんのご馳走が並んでいた。
「わ、引田ブリのお刺身、大好き! 海香子、私達の街って、ハマチ養殖発祥の地って知ってた?」
引田ブリとは、ハマチが大きく育ったものだ。
「小学校の時、習ったし」
せっかくのお祝いの席なのに、どうしてだか笑顔になれない。今日のために何かプレゼントしようと考えたけれど、思いつかなくて結局手ぶらで来てしまった。あ、一応うちのお母さんから渡されたお菓子は持ってきたけどね。
分厚く切られた引田ブリを、口に運ぶ。毎年食べてるけど、やっぱりおいしい。早苗は来年、ここにいないから食べられないかもしれないよね。そう言おうとしたけど、やめておいた。早苗のお母さんは相変わらずハイテンションで話題をふってくれるし、お父さんはニコニコしながらそれにうなずいていたけれど、どことなく寂しそうに見えたから。こんなこと言ったら、二人の隠している気持ちを引き出してしまいそうな気がした。
帰り間際になって、私はやっと気付いた。まだ言えていない言葉があった。
友達として、人として、言わなきゃならないのに、その言葉は全然口元に上がってきてくれない。
「ちょっとその辺、歩こうよ」
「えー、お腹いっぱいで歩けない」
こんなことを言っても、いつも私に会わせてくれるのが早苗だ。今日一日、意地悪なことばかり考えてた私とは大違いだ。
外はもう、うす暗かった。空には一番星が輝いている。
「引田ブリ、この秋初めて食べたよ」
自分から誘ったものの、どうしたらいいかわからなくて、ポケットに手を入れてうつむく。
「うちもだよ。来年のこの時期は、こっちに帰ってこられないかもしれないから、今年はいっぱい食べるんだ」
早苗、わかってたんだ。ここを離れて暮らすってことは、すぐには帰ってこられないこと。今までは会いたくなったらいつでも会えたけど、そうはいかなくなること。
「そんな顔、しないでよ」
早苗が私の顔を覗き込む。全然寂しそうじゃなくて、無性に悔しい。
「おめでとう、早苗」
やっと言えた。
「ありがとう。合格祝い、春までに後3回くらいはするから、全部参加してね」
早苗はそう言うと、ニヤッと笑ってきびすを返し、帰っていった。