まっすぐな笑顔
もうすっかり夜が長くなった。
仕事を終えて自宅にまっすぐ帰り、晩ごはんを食べてからテレビの前にゆったり腰をおろす。これが私の日課であり、至福のひと時だ。お気に入りのドラマを見ながら、今日はいただきものの大福を頬張る。
番組が終わり、掛け時計を見上げると、もういい時間だった。明日も仕事だし、もう寝なければならない。ふとんに入ろうとしたら、窓が風でカタンと鳴った。
「あ、忘れるところだった」
たんすの引き出しを開け、レッグウォーマーを出した。オリーブ色がきれいで、とても気に入っている。最近ずいぶんと寒くなってきたので、明日から使おうと思う。
目を細め、縫い目をじっと見る。
「うん、うまくできてる」
手袋職人の私にとって、まっすぐ縫うレッグフォーマーは作りやすいものの一つだ。それでも、簡単だからと言って気は抜けない。
ふとんにもぐりこんで、明日のことを考える。
明日から、研修がある。高校生が手袋作りを習いに工房にやってくるのだ。適性があれば、春からいっしょに働くことになるかもしれないと聞いている。
まさか自分が手袋作りを教える立場になるなんて、中学校を出てすぐこの仕事を始めた時には想像もしなかった。どんな子だろう。私は手袋を縫うことしかできないけれど、縫うことだけはどんな時も真摯に向き合ってきた。
暗闇に向かって、すっと腕を伸ばす。見慣れているはずの手を、じっと見つめる。ふと、これまで自分の手より手袋の方が長い時間見てきたかもしれない、なんて思った。
翌朝はいつもより冷え込んだ。レッグウォーマーをして工房に向かう。
「一週間、どうぞよろしくお願いします」
研修にやってきた高校生、津田海香子さんは緊張しているのか、伏し目がちだった。
けれど、ミシンの前に座るとだんだんと体の硬さが取れていくのが、横にいる私にも伝わってきた。
「うん、うまくできてるね」
最初から手袋作りは厳しいので、研修はリストマフラー作りから始まる。まっすぐ縫うだけなので誰でもできると言えばできるのだけれど、津田さんはその単純な作業も、真剣に取り組んでいた。
「私、縫うの好きです」
顔を上げた彼女が、笑顔を見せてくれた。
まっすぐな子だな、と思った。
私は、この道を信じてまっすぐやってきた。これからもそうだろう。今後はこの長い道のりを、津田さんが歩んでいくのかもしれない。
「これからもっと上手になりますよ」
そうであってほしいな、と私も笑みを返した。