終わらせない夏
片付けは、どれだけ年齢を重ねても苦手だ。私にとっては冒険とも言える。「すっきりさせる」という最終目標はいつだって変わらないけれど、そこまで辿り着く道の数がとにかく多過ぎる。
でも、冒険は悪いことばかりじゃない。思わぬ宝物を発見したりもするんだから。
「こんなの、持ってたっけ?」
クローゼットの奥の衣装ケースから出てきたのは、カーキとベージュのストールだった。まだビニール袋に入ったままで、一度も使った形跡はない。
外では今夏最後の蝉達が、「ここにいるよ」と言わんばかりに鳴き叫んでいる。エアコンをかけて閉め切った室内でも、よく聞こえるものだ。空は今日も青くて、遠くにはどっしりとした入道雲が見えた。
「誰にもらったんだっけ?」
一人で作業していると、ついつい独り言が増える。袋を開けて広げてみると、膝の上がパッと明るくなった。その瞬間、もうこの世にいない、送り主の笑顔を思い出す。
「お母さん……」
私の名前が緑だからって、いつだって何かくれるならグリーン系のものだった。このストールをもらった時は、これが最期のプレゼントになるなんて知らなかったから「またか」と苦笑いしたんだ。目に入ったらそんな自分をむやみに思い出してしまいそうで、クローゼットの奥にしまってたんだった。まだこれが届いてから何年も経っていないのに、もう随分と昔からあるような気がした。
母の乳癌は、気付いた時にはもう随分と進行していたみたいだ。遺品整理の時、日記にはそう書かれていた。そして、娘の私には亡くなる直前まで隠していた。闘病中だと知らなかった私は、オンラインショッピングにはまっていると電話口で笑う母を、呑気なものだと呑気に笑ってた。
話してくれれば、ちゃんと受け止めたのに。目を閉じると、怒りにも似た悲しみがまだそこにある。いつだって母は元気そうに見えたんだ。
いつか、順当にいけば自分より先に亡くなるということは幼い頃からぼんやりわかってはいたものの、それが急に訪れるものだなんて思ってもみなかった。だから私は最期までもらうばかりで、40代になっても作家の夢を追い続け、親孝行の一つもできなかった。
「もう、会えないんだなぁ」
わかり切ったことを口に出して、虚しくなった。
いつの間にか入道雲は消え、うろこ雲が辺りを包んでいた。時計を見ると、もう夕方だった。
「片付けしてたら、時間ってすぐに過ぎるわね」
ストールをたたもうとした手を、ふと止める。
今日は外に食べにいこう。これを巻いて、母が好きだったものを。冷麺がいいかな。夏の終わりは、まだ秋じゃない。