VOL .35

こっそりおそろい

「手袋、届いたよ。ありがとう」

 パソコンのディスプレイに、ジョナスは満面の笑みで現れた。彼はオーストラリア人で故郷のシドニーに住んでいる。イタリア人の私とは、大学時代に日本で出会った。お互い留学生ということで、何かと協力することも多く、私達が恋人同士になるのに時間はかからなかった。

「やっと届いたんだ」

 この春、数年ぶりに日本へ旅行した時、買って送ったのだ。

「この手袋、ものすごくフィットするね。僕の長い指にぴったりだよ」

 何度もつないだあなたの手を、私が知らないはずないでしょ。わざわざ少し長めにオーダーしたんだからね。なんて言える関係ではもうない私達。

「それは、よかった」

 ディスプレイの向こうで、彼が深緑色の手袋をはめた手が開いたり閉じたりするのを、じっと見つめる。ほんとは久しぶりに会う彼の顔を見ていたかったけれど、そんなこと画面越しでもできない。

「東かがわ市、いい所だったよ」

今、私のいるイタリアは真夜中だけど、シドニーはもう朝で、窓から差し込む白い光が彼を包んでいた。同じ地球にいるのに、9時間も時差があるせいか、私とは全く別世界にいるみたいだな、なんて思った。

「この手袋を買ってくれたところだよね。優花は元気だった?」

「元気だったよ。新婚さんだから、ものすごく幸せオーラ出てた」

「そうなんだ。東かがわ市では、何したの?」

「お花見したよ。日本の桜、やっぱり最高だった」

 目をつぶると、撮った写真より鮮明に、満開の桜とその下を通り過ぎた風を思い出せる。ここにジョナスがいたらいいのにな、なんて考えたことも。

「グレイスは、元気にやってるの?」

 彼の口から私の名前が出ると、やっぱり今もドキッとする。

「うん、なんとかやってるよ」

「翻訳の仕事、うまくいってるんだ」

「ジョナスはどう? 今も先生やってる?」

「うん。この前うちのクラスの子ども達が……」

 楽しそうに勤務先の学校の話をする彼。いい友達に戻ったけれど、やっぱり好きだなぁと、つい思ってしまう。

「それでさ、日本の留学時代の話も子ども達によくするんだけど……」

 彼の少し大袈裟なジェスチャーのせいで、手袋をはめた手が上に行ったり下に行ったり。私が贈ったものがちゃんとあっちの世界で動いている。

「この手袋、大事にするね。これから秋だから、重宝するよ」

 オーストラリアは南半球だから、五月はこれから寒くなる季節に入る。ま、知ってたけどね。

「翻訳した新しい本ができたら、また送ってもいい?」

「もちろん。楽しみにしてる」

 彼はそう言って、手を振った。私も手を振り返し、ノートパソコンをそっと閉じる。

 膝の上には、彼とおそろいの深緑の手袋。これからこっちは夏だけど、しばらくこれを引き出しにしまうことはないだろう。

「佩」とは

佩(ハク)とは、江本手袋が「喜び合える手袋づくり」を目指して取り組む手袋ブランドです。

職人を守り育て、地域の手袋づくり文化を未来へと受け継いでいくために、扱う素材、デザインの考え方、色展開、つくる量、手袋職人の社会的地位、そして地域との関係性など、これまでの手袋づくりの全てを見直しました。

江本手袋に勤める65歳の職人は、中学卒業からずっと手袋を作り続けています。

佩は、このような本物の職人たちの手仕事をお届けします。

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