ショートヘアと水色のストール
子どもの時を思い返すと、髪はいつも長かった。腰の辺りまであったこともある。ツヤツヤの黒髪は私の自慢で、毎日母にとかしてもらったものだ。
還暦を過ぎた今の私は、ショートヘアだ。しかも、ベリーショートという部類に入るくらい短い。美容院で、襟足はバリカンを使うほどだ。
いつからこの髪型になったかと言うと、子どもが生まれて少し経った頃からだ。髪が短いと、肩が凝らないのと何よりドライヤーで乾かす時間が大幅に短縮できる。今でいう「ワンオペ」の子育てでは、髪の手入れどころか風呂上りに乾かす時間さえも貴重だったのだ。
とは言っても、子ども達がある程度大きくなると自分の髪くらい整えられる時間は持てるようになった。
「お母さんは髪の毛、伸ばさないの?」
長女の円花は、小さい頃からこう言って何度か首をかしげたけれど、
「この髪型が一番いいのよ」
と、決まって答えていた。
ショートヘアにはショートへアの悩みはある。寝ぐせが付きやすいのと、髪が伸びるとすぐに美容院に行きたくなるのだ。思えばどんな髪型でも、一長一短。何にしろ言えることは、自分が気に入っていればそれが一番ってことだ。
ここまで生きてきて、似合うかどうかは気にしなくていいと思っている。自分が楽しめるなら、それでいいのだ。初めて短くした時は、何か大切なものを文字通り切り捨てたような気がしたけれど、今はあの時思い切ってよかった。子育てを卒業し、自分だけに十分に時間を使えるようになった今も、胸を張ってそう言える。
ツツジがあちこちで咲き乱れる5月。
今日は娘の円花と4歳の孫のちーちゃんと出かけている。
「おばあちゃん、その水色のストール、すてきね」
予約したレストランは最寄駅から少し離れているので、ちーちゃんのペースに合わせてゆっくりと歩く。
「わかる? 手触りがとってもいいのよ」
「手触り?」
「ほら、ちょっと触ってみて」
少しかがむと、垂れ下がったストールに小さな指が触れた。
「ほんとだ。気持ちいいね」
そう言えば、ショートヘアである悩みはもう一つあった。それは、首が日焼けしやすいことだ。これは、ベリーショートにするまで知らなかったことだった。
「私もストール持って来ればよかった。すごい日差しね」
円花はそう言って、首の後ろに手をやった。今日は髪をアップにしているので、一見涼し気だけれど、初夏の太陽の下ではそうとも言えなさそうだ。
日傘ならいっしょに入ることができても、ストールとなると無理だなぁ。
「ちーちゃんも、持って来ればよかった」
「ちーちゃんはまだ持ってないでしょ」
「もうちょっとお姉さんになったら買ってくれる?」
「考えとくね」
娘達が話しているのを聞いていると、自分の目が自然と細くなるのがわかる。
レストランの看板が見えてきた。入ったらまず、冷たい水を一杯もらおう。