VOL .23

うどん屋さんの奥

香川県と言えば、うどん。ガイドブックを開けば、有名なうどん屋さんがたくさん並んでいるけれど、本当にどこもおいしいんだろうか? 

どうしてもここぞという店に行きたかった。だって、私は自他共に認める小食なのだ。お腹にたまりやすい粉物を何件も食べ歩くなんてこと、できない。

「燃費がいいと言えばそうだけど、旅行先ではちょっともったいないよね」

 高校からの友人の睦美はそう言っていたっけ。

 40代に入って、友人達はみんなそれぞれの家庭があり、たとえ小旅行でも気軽に誘い辛くなった。けれど、それを私は前向きにとらえ、独身としてできる贅沢をすることにした。

 それは、宿泊。日帰りでもできそうな距離の旅先で、優雅に一泊。そうすれば、食の細い私でも、帰るまでにはたくさん食べられる。

 今日は東かがわ市の、あるうどん屋さんに来ている。セルフサービスのお店で、行きつけの手袋屋さんの手袋職人、幸一さんに教えてもらった店だ。

 うどんのサイズは、もちろん「小」。トッピングに天ぷらを付けるか迷い、ぐっとこらえた。せっかく地元の人お墨付きのうどんを食べるのだ。後で胃にくることがわかっていては、完璧な思い出にならない。ま、痛くなったらなったで笑い話になるんだけどさ。それに、シンプルに食べる方が、初めての店だし、麺を味わえていいはずだ。

 込み合った店内。席の最後の一つに滑り込め、ホッと一息ついた。

 さて、麺に生醤油を直接かけた「しょうゆうどん」をいただこう。ツヤツヤした麺が、とてもきれいだ。

「あぁ、おいしい」

 独り言なんて、外では言ったことなかったのに、思わず声が出た。

 そして、気付いた時にはもう残り半分になっていた。

 辺りを見渡すと、まだ満席だった。けれど、新しいお客さんが入って来た。早く食べてしまわなきゃ。そう思った時だった。

「奥にどうぞ!」

 店の人がお客さんを促す。奥にもテーブルがあったんだ? そう一瞬思ったけれど、お客さんの進んだ先は、どう見たって……。

「えっ? 厨房?」

 ある意味、特等席なんだろうけれど。

「お姉さん、ここ、初めてですか?」

 隣の席の女の子が、そう言ってニコッと笑う。

「はい、初めてで……満席になったら、いつも奥に通してもらえるの?」

「そうですね。私も何回かありますよ。うどんのいい匂いがここよりして、おすすめです!」

 これぞ、これぞ私が求めていたうどん屋の究極の楽しみ方なのでは。今回はもう奥へは行けないけど、次はチャンスがあるかもしれない。そんなことを考えていると、いつの間にか目の前のうどんはなくなっていた。中サイズでも食べられたかも。

「お姉さん、どこからですか?」

「大阪です」

「私、春から大阪の大学に行くんです!」

 女の子のまぶしい笑顔に、私は目を細めた。

 睦美にここのうどんを送ってみようかな。お土産話の手紙も添えて。

「佩」とは

佩(ハク)とは、江本手袋が「喜び合える手袋づくり」を目指して取り組む手袋ブランドです。

職人を守り育て、地域の手袋づくり文化を未来へと受け継いでいくために、扱う素材、デザインの考え方、色展開、つくる量、手袋職人の社会的地位、そして地域との関係性など、これまでの手袋づくりの全てを見直しました。

江本手袋に勤める65歳の職人は、中学卒業からずっと手袋を作り続けています。

佩は、このような本物の職人たちの手仕事をお届けします。

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