VOL .8

まっすぐな笑顔

 もうすっかり夜が長くなった。

 仕事を終えて自宅にまっすぐ帰り、晩ごはんを食べてからテレビの前にゆったり腰をおろす。これが私の日課であり、至福のひと時だ。お気に入りのドラマを見ながら、今日はいただきものの大福を頬張る。

 番組が終わり、掛け時計を見上げると、もういい時間だった。明日も仕事だし、もう寝なければならない。ふとんに入ろうとしたら、窓が風でカタンと鳴った。

「あ、忘れるところだった」

 たんすの引き出しを開け、レッグウォーマーを出した。オリーブ色がきれいで、とても気に入っている。最近ずいぶんと寒くなってきたので、明日から使おうと思う。

 目を細め、縫い目をじっと見る。

「うん、うまくできてる」

 手袋職人の私にとって、まっすぐ縫うレッグフォーマーは作りやすいものの一つだ。それでも、簡単だからと言って気は抜けない。

 ふとんにもぐりこんで、明日のことを考える。

 明日から、研修がある。高校生が手袋作りを習いに工房にやってくるのだ。適性があれば、春からいっしょに働くことになるかもしれないと聞いている。

 まさか自分が手袋作りを教える立場になるなんて、中学校を出てすぐこの仕事を始めた時には想像もしなかった。どんな子だろう。私は手袋を縫うことしかできないけれど、縫うことだけはどんな時も真摯に向き合ってきた。

 暗闇に向かって、すっと腕を伸ばす。見慣れているはずの手を、じっと見つめる。ふと、これまで自分の手より手袋の方が長い時間見てきたかもしれない、なんて思った。

 翌朝はいつもより冷え込んだ。レッグウォーマーをして工房に向かう。

「一週間、どうぞよろしくお願いします」

 研修にやってきた高校生、津田海香子さんは緊張しているのか、伏し目がちだった。

 けれど、ミシンの前に座るとだんだんと体の硬さが取れていくのが、横にいる私にも伝わってきた。

「うん、うまくできてるね」

 最初から手袋作りは厳しいので、研修はリストマフラー作りから始まる。まっすぐ縫うだけなので誰でもできると言えばできるのだけれど、津田さんはその単純な作業も、真剣に取り組んでいた。

「私、縫うの好きです」

 顔を上げた彼女が、笑顔を見せてくれた。

 まっすぐな子だな、と思った。

 私は、この道を信じてまっすぐやってきた。これからもそうだろう。今後はこの長い道のりを、津田さんが歩んでいくのかもしれない。

「これからもっと上手になりますよ」

そうであってほしいな、と私も笑みを返した。

「佩」とは

佩(ハク)とは、江本手袋が「喜び合える手袋づくり」を目指して取り組む手袋ブランドです。

職人を守り育て、地域の手袋づくり文化を未来へと受け継いでいくために、扱う素材、デザインの考え方、色展開、つくる量、手袋職人の社会的地位、そして地域との関係性など、これまでの手袋づくりの全てを見直しました。

江本手袋に勤める65歳の職人は、中学卒業からずっと手袋を作り続けています。

佩は、このような本物の職人たちの手仕事をお届けします。

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