帰省
夏休み、久しぶりに東かがわ市に帰ってきた。
「帰省」なんて、テレビのニュースで見てもピンときていなかったのに、まさか自分もすることになるなんてね。
たった5ヵ月ぶりなのに、自分の部屋のベッドシーツの柄でさえ、懐かしく思えてしまうんだから不思議だ。
「早苗、どれくらいこっちにいられるの?」
仕事から帰ってきたお母さんは、そう言ってすぐにエプロンをかけ、キッチンに立った。
「1週間くらいかなぁ」
「短いなぁ」
お父さんは、今日は調子がいいらしく、リビングのいすに腰掛けてテレビを見ている。
「大学の課題もあるし、バイトがあるから」
「そうよね」
「そうだよな」
こっちを見ないまま、二人は同時にそう言った。
大学生になってから、両親とは3日に一度は連絡を取り合っている。でも、動画通話することはほとんどないし、したとしてもこうして後ろ姿や横顔を見ることなんてない。
帰省中、やりたいことはたくさんある。
まず、親友の海香子と会いたい。どっちかの家でお菓子でも食べながら近況報告して、ひたすらゴロゴロしたい。高校時代の友達と海でバーベキューもしたいな。そういえば、中学の時の友達がミニ同窓会するとかも言ってたっけ。あとは、おばあちゃんちに行って……って、こんなに予定を詰め込んでたら、ほとんど家にいられないな。
数日後、私は海香子の家にいた。
「次に帰省するのはいつになるの?」
「うーん、冬休みかな。年末とか?」
「早苗、このままあっちで就職したりしたら、帰省するのは一年に1回とか2回とかになるのかな……」
「そんなこと……」
ない、とは言い切れなかった。
「じゃ、帰省するのはあと200回くらいかな」
私の冗談に、海香子は「えらい長生きするね」と返すもんだから、思わず吹き出した。
笑ってたら、両親が頭に浮かんできた。
うちのお父さんは、私が中学の時に病気になって働けなくなった。でも、お母さんが看護師に復帰して、しょっちゅう夜勤もして学費を稼いでくれた。
「海香子の働いてる手袋屋さん、明日って開いてる? お父さんとお母さんに手袋買いたいんだ」
「開いてるけど、真夏に? 手袋職人見習いとしてはありがたいけど」
「うん、今年は寒くなる時にいっしょにいられないからね」
だから、今しかないんだ。私がバイトしてもらったお金で買ったものを、両親に持っていてもらいたい。
翌日、私は海香子の工房を訪れた。
奥で海香子は、真剣な面持ちでミシンの前に座っている。
静かな店内。黙々と手袋を選ぶ。
「それにするの?」
気が付くと、海香子が隣にいた。
「オレンジとネイビー、早苗のお父さんとお母さんのイメージにぴったりだね」
「だよね」
今日の晩ご飯は私が作るんだ。一人暮らしで鍛えた腕をふるって、そして、この手袋をそっと渡そう。どんな顔をしてくれるかな。
あと何回帰省できるかなんて、考えなくていい。
帰る度に、チャンスにするんだ。